大分地方裁判所 昭和23年(行)11号 判決
原告 小代丑馬
被告 大分県農地委員会
一、主 文
原告の請求を棄却する。
訴訟費用は原告の負担とする。
二、事 実
原告訴訟代理人は「被告が別紙目録記載農地の売渡計画に対する原告の訴願につき、昭和二十三年六月三十日にした裁決を取消す。訴訟費用は被告の負担とする」という判決を求め、その請求原因として原告は昭和七年三月訴外亡安東義三郎から別紙目録記載の農地(以下本件農地と略称)を賃借しそれ以来これを耕作して来たが、昭和十七年四月に原告の次男武男が応徴し次いで同年六月には長男高市が海軍に現役入団するに至り自ら耕作の業務を営むことができなくなつたのでやむをえず同年六月二十七日訴外工藤一人に対し右武男等の帰還迄五年間を限つて一時本件農地を転貸した。しかるに政府は右農地を自作農創設特別措置法(以下自創法と略称)に基いて買収し、次いで竹田町岡本地区農地委員会は昭和二十三年三月二十六日右農地につき訴外一人を売渡の相手方とする売渡計画を定めたので、原告はこれを不服として異議申立をしたが容れられなかつた為更に被告に訴願を申立てたところ被告は昭和二十三年六月三十日「原告の訴願は理由がなく本件農地売渡計画は取消すべきでない」という裁決をした。そして被告は右裁決の理由として「本件農地の小作契約には昭和七年より十ケ年の賃貸期間が定められていたが原告は右期間が満了したのでもはや耕作の意思がないことを明にして工藤一人に耕作を依頼し、その結果工藤が地主と右農地について小作契約を締結したのであつて原告主張の如く子供の帰還迄五ケ年間を限つた特別の事由に因る一時転貸ではなく、小作契約終了後耕作権を譲渡したものである。従つて、自創法施行令第一条第三号の場合には該当しない」ということを挙げている。しかしこの認定は誤つている。すなわち原告と訴外安東義三郎との間の本件農地の賃貸借は昭和十七年三月頃十年の期間が満了する筈になつていたのであるが、原告は右期間満了前六月乃至一年内に賃貸人から更新拒絶の通知を受けたことはないから農地調整法第九条第二項に依り前賃貸借と同一条件の賃貸借の成立が擬制された次第である。従つて本件賃貸借は期間満了に因つて終了したわけではないのであつて、原告は同年六月下旬には稲の植付準備に着手していた。唯原告は曩に述べたように長男、次男の相次ぐ応徴、海兵団入団に因つて本件農地を自ら耕作することができなくなつた為植付を中止して訴外工藤一人に一時これを転貸したのであつて決して耕作の意思を抛棄して耕作権を譲渡したわけではない。而して原告方は長男、次男いずれも帰還し農業労力には事を欠かないし、右農地を耕作する必要があるので本件農地の売渡計画を定めるに当つては、自創法施行令第十七条第一項第五号、第七条第二号並に同法第十六条による原告の買受申込に応じて(原告はこの申込をしている)原告をその売渡の相手方とすべきである。しかるに被告は前記の事実を誤認し原告を差措いて訴外工藤一人を売渡の相手方とする本件売渡計画を維持し原告の訴願を排斥する裁決をしたのは違法たるを免れない。よつて原告は右裁決の取消を求める為本訴に及んだ次第であると陳述し、被告の答弁に対し原告は被告主張のように本件農地の賃料を延滞したことはないし、又訴外安東惇一から被告主張の解除通知を受けたこともない。仮にそのような事実があつたとしても以下に述べる理由によつて解除はその効力を生じ得ないものである。即ち本件農地はもともと訴外安東義三郎とその妻イサヲの共有であつたが、昭和五年五月二十日義三郎の隠居に因り同人の持分は家督相続人である訴外安東惇一が承継した。そして同年六月十日イサヲの死亡に因りその持分は遺産相続に因り惇一、安東六郎、同克己、渡辺乙女、佐藤ツキ、後藤竜虎及び安東事の七名が共同して相続し、その持分は惇一が十四分の八その他の者は各十四分の一となつた。ところで訴外義三郎は本件農地について別に持分を有したわけではなかつたが、前記のように右農地を原告に賃貸しその後契約の存続期間中である昭和十六年四月十九日死亡し同訴外人の賃貸人としての権利義務は遺産相続に因つて右惇一外六名に平等の割合に因つて移転したのであるから惇一が単独で被告主張の如く右賃貸借につき解除の意思を表示したとしても、その効力を生ずるに由なきことは洵に明かというべきである。又原告は右農地に対する昭和十六年度の小作料は昭和十七年五月四日所轄農業協同組合における訴外義三郎の口座に払込み弁済を了しているのであるから、その後に至つて仮に被告主張の如く原告が右払込金の払出を受けたとしても一旦生じた弁済の効力に消長を及ぼすものではないから右惇一が右小作料の延滞を理由として右賃貸借を解除したとしてもその効力を生ずる理由はない。と述べた。
被告訴訟代理人は主文第一項と同じ判決を求め答弁として原告主張事実中原告が昭和七年三月以来本件農地を小作し、昭和十七年六月よりは訴外工藤一人がこれを耕作して現在に至つていること、右農地について政府は自創法に基いてこれを買収し、次いで竹田町岡本地区農地委員会が原告主張日時右農地について訴外一人を売渡の相手方とする売渡計画を定めたところ、原告はこれを不服として異議申立をし却下されるや更に被告に訴願を申立てたので被告は原告主張日時に主張の裁決をしたこと、被告が右裁決の理由として原告主張の認定判断をしたことは認めるけれどもその余の事実は全部否認する。原告は昭和七年三月本件農地を含む計五筆の農地の所有者である訴外安東惇一から期間十年の約定で賃借したのであるが、昭和十七年三月右期間が満了したので原告は右惇一にこれを返還した。そこで同年六月訴外工藤一人は惇一から右五筆の農地を賃借し、次いで昭和十八年四月朝鮮に在つた惇一が偶々内地に帰国した際正式に賃貸借契約書を作成し且期間を十年と定め、爾来訴外一人はこれを小作して今日に至つている。しかもその間同訴外人は昭和十八年及同十九年の両度に亘り多額の費用を投じて右農地につき土地改良事業をしているのである。仮に原告が期間満了に因り本件農地を任意に返還したものでないとしても原告は右農地に対する昭和十六年度の小作料を支払わないので(尤も原告は所轄農業協同組合の惇一の口座に対し同年度の小作料金を払込み乍らその後幾何もなくこれを払出しているから右小作料は依然延滞している)訴外惇一は昭和十七年六月原告に対し同年七月末日迄に延滞小作料全部を支払うこと、もし支払をしないときは右期間の経過と共に原告との間の本件賃貸借は解除に因り当然終了する旨の条件付契約解除の意思表示をしたのに原告はその後これを履行しないので、右賃貸借は同年七月末日の経過と共に終了した。仮に右解除がその効力を生じ得ないとしても原告は同年六月右惇一の承諾を得ないで訴外一人に対し右農地を転貸したし他にも不信行為があつたので訴外惇一は同月中にこれを理由として原告に対し、右賃貸借解除及解約の意思を表示した。そして昭和十八年四月に右惇一が内地に帰省した際原告は惇一に対し以上の事由に因つて本件賃貸借が終了したことを確認している。従つていずれにしても訴外惇一と原告との間の右賃貸借は終了したものと云うべきであるからその後少くとも昭和十八年四月以降における訴外工藤一人と安東惇一間の本件農地の賃貸借は有効たることは明かである。しかりとすれば岡本地区農地委員会が、本件農地につきその小作人である訴外一人を売渡の相手方とする売渡計画を定めたのは正当であり、従つて又被告がこれを維持する裁決をしたとしても何等違法の廉はないと述べた。(証拠省略)
三、理 由
原告は昭和七年三月以来本件農地を小作し、昭和十七年六月よりは訴外工藤一人がこれを耕作して今日に至つていること右農地について政府は自創法に基いてこれを買収し、次いで岡本地区農地委員会は原告主張日時に右農地について訴外一人を売渡の相手方とする売渡計画を定めたところ原告はこれを不服として異議申立をし却下されたので更に被告に対し訴願の申立をした為被告は原告主張日時に主張の裁決をしたこと被告が右裁決の理由として、原告主張の認定判断をしたことはいずれも本件当事者間に争がない。よつて右裁決が果して違法であるか否かを検討するのに、成立に争のない甲第一乃至第四号証同第七乃至第九号証、乙第三及び第四号証、同第六号証、同第十及第十一号証(但し一部)同第十二乃至第十七号証(第十四号証は一、二)の各記載証人工藤一人同安東惇一(第一、二回)同牧智山同金子常夫同平尾茂の各証言に右工藤証人の証言によつて成立を認め得る乙第二号証の記載を綜合すると次の事実が認められる。すなわち本件農地は訴外安東義三郎同イサヲの共有であつたが、右義三郎は昭和五年五月二十日隠居し、訴外安東惇一がその家督相続をして右義三郎の持分を承継し、次いで同年六月十四日には右イサヲが死亡し本件農地に対するイサヲの持分は遺産相続に因つて訴外惇一外六名がこれを承継したところ右惇一は早くより朝鮮に渡り同地に居住していたので内地に在つてその留守を守つていた訴外義三郎は昭和七年三月右農地の共有者である右惇一等七名を代理して原告に対し本件農地を含む計五筆の農地を期間十年の約旨で賃貸した。しかるに昭和十二年五月五日惇一を除く他の共有者は右農地に対する持分全部を惇一に贈与しその旨の登記を了するに至つたので、本件農地は惇一の単独所有に帰し且右持分の取得に因り惇一は他の共有者の有する賃貸人としての地位をも承継した。ところで右賃貸借はおそくとも昭和十七年三、四月頃十年の契約期間が満了することになつていたのであるが、右惇一は右期間満了前法定の期間内に原告に対し更新拒絶の通知をしなかつたので、右期間満了の際本件農地については従前の賃貸借と同一条件を以てする賃貸借の成立を擬制されるに至つたところ同年六、七月頃原告は長男高市、次男武男の相次ぐ入営、応徴により自ら耕作することが困難となつたので本件農地を訴外工藤一人に転貸し、又昭和十六年度の小作米を延滞し、翌昭和十七年に至つて漸く一応所轄農業会に入庫しその代金を惇一の口座に払込み乍らその後幾何もなく惇一の代理と称してこれを払出して費消し、惇一の請求にあつてもその支払に応じないし他面右小作地の手入についても熱心を欠く点があつたので訴外惇一は昭和十七年七月頃右賃貸借につき内容証明郵便を以て解除乃至解約の意思を表示し、この郵便はその頃原告に到達した。そこで右惇一は昭和十八年四月内地に帰国した際本件農地を耕作していた訴外一人に対し改めてこれを期間十年と定めて賃貸しそれ以来右一人がこれを小作して現在に至つたものである。
果して然りとすれば原告が訴外一人に対して本件農地を転貸するにつき地主である訴外惇一の承諾を得なかつたとしても前記認定事実によれば右転貸は宥恕すべき事情があつたと認むべきであるから、当時施行の農地調整法第九条の規定に照し、右転貸を理由とする訴外惇一の解除の意思表示はその効力なきものというべきであるが、その余の事実を理由とする前記解約事由は同条に定むる解約事由となすに足るものと考えるから原告と訴外惇一間になされた本件農地の賃貸借は右解約に因り昭和十七年七月頃終了したものというべきである。そして訴外一人はその後右農地につき右惇一との間に改めて賃貸借を成立せしめているのであるから原告は右解約に因り自創法施行令第十七条第一項第五号により訴外一人に優先して右農地の売渡の相手方たり得べき地位を喪失したものであること極めて明白というべきである。成立に争のない甲第六号証乙第七乃至第九号証同第十一号証中以上の認定に抵触する部分は措信し難く他に右認定を覆して原告主張事実を肯認するに足る証左はない。尤も乙第一号証の記載によると原告は当初安東義三郎から本件農地を賃借したのではないかと思われる記載があるが、前記認定事実に徴すると右義三郎は前示認定のように訴外惇一外六名を代理して原告と右農地の賃貸借をなし、その契約書の作成に際し代理資格の記載を洩らしたに過ぎないことを窺い得るから同号証は右認定の反証となし難い。
そうとすると被告が昭和十七年八月以降本件農地を現実に小作していた訴外一人に対しこの農地を売渡すべきものとして同訴外人を売渡の相手方とした原売渡計画を維持しこれに対する原告の訴願を排斥する裁決をしたのは結局正当に帰するから(被告がその認定において原告の訴外一人に対する前記転貸が特別の事由による一時転貸でないとした点は誤つていることになるが、乙第八号証(裁決書)によると被告は本件農地につき自創法施行令第十七条第一項第五号の適用を否定し同項第一号により右一人を以てその売渡の相手方とすべきものとしていることがわかるから、本件裁決は正当というべきである)これを違法としてその取消を求める原告の本訴請求は理由がない。よつてこれを棄却することゝし訴訟費用の負担につき、民事訴訟法第八十九条第九十五条を適用して主文のとおり判決する。
(裁判官 木本福雄)
(目録省略)